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星と月は天の穴(映画)における”入れ歯”の意味や象徴を考察してみた

kuroneco
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映画【国宝】やアニメ【鬼滅の刃】など数々のヒット作が生まれ、映画業界が大きく盛り上がった2025年は、12月に入ってもその勢いを止めそうにありません。

日本映画界では稀なR18映画【星と月は天の穴】が公開を待っているのです。

作家・吉行淳之介の『星と月は天の穴』を原作とした今作は、離婚歴のある中年男性と女子大生が織りなす一筋縄ではいかない情愛を描いています。

1966年に発表され芸術選奨文部大臣賞を受賞した小説で、濃密な性愛を美しい日本語で綴った作品として現代でもファンを増やしている名作と言えるでしょう。

ところが少し調べてみると、キーワードに『入れ歯』が出てきます。

男女の性愛を描きながら入れ歯がポイントになっているとは、そこにどんな意味や象徴があるのか気になりますね。

そこで今回は、映画【星と月の穴】の入れ歯について、その意味と象徴している事について調べてみました。

 

映画【星と月は天の穴】あらすじまとめ

やまこ
やまこ
『星と月は天の穴』だなんて、すっごくロマンティックな言葉だなと思うんだけど、これがR18作品なのよね?

一体どんなお話しなのかしら?

 

映画【星と月は天の穴】の原作者について

小説『星と月は天の穴』は、純文学雑誌・群像にて1966年に発表されました。

1966年は戦後既に20年以上が経過しており、世界中で大人気だったビートルズが初来日したり、ミニスカートが大流行した年でもあります。

『星と月は天の穴』の作者である吉行淳之介さんは、詩人であり作家でもある吉行エイスケさんと、NHKの朝ドラ『あぐり』のモデルでありドラマの原作となった小説『梅桃が実るとき』を書いた吉行あぐりさんの長男として生まれました。

ご兄弟に女優の吉行和子さん、詩人の吉行理恵さんがおり、母はNHKの朝ドラ『あぐり』のモデルともなった吉行あぐりさんという、なんとも才能あふれる一家の一員としても有名です。

やまこ
やまこ
ご自身の半生を綴るとは言え、美容師さんとして生きてこられた上での執筆とは凄い方だね、吉行あぐりさん。
りと
りと
吉行淳之介さんと妹の理恵さんは、それそれ小説『驟雨』、小説『小さな貴婦人』で兄弟そろっての芥川賞受賞という偉業は日本で初めて達成されています。

また和子さんもまた1978年の映画【愛の亡霊】にて、アカデミー賞の優秀主演女優賞を受賞と、日本でも稀にみる芸術家一家ですね。

やまこ
やまこ
淳之介さんは、お父様の作品を『読み切った事がない』『売れない』とお話しされてるけど、こうも才能あふれるご家族ともなる、吉行エイスケさんの作品も呼んで見たくなるね!

戦後20年以上が経ち、西洋文化が馴染んできたころの日本で発表された『星と月は天の穴』は、人間が存在する根本的な部分を追求しているとして、翌年の1967年に芸術選奨文部大臣賞を受賞しています。

そんな『星と月は天の穴』を監督されるのが、同書を青春真っ盛りの18歳当時に読まれたという荒井晴彦さんだというのも、今作が持つ人を引き付ける力なのかもしれませんね。

 

映画【星と月は天の穴】のあらすじまとめ

主人公は小説家・矢添克二(綾野剛)。

離婚歴のある四十路男でもある矢添は、10年前妻に逃げられた事で恋愛に前向きに慣れないまま、それでも馴染みの娼婦・千枝子(田中麗奈)と欲を発散する日々を送っていました。

そんな矢添が、ある日の画廊で出会ったのが女子大生の瀬川紀子(咲耶さくや)です。

一緒に食事をした矢添は紀子を車で送る事になるのですが、その途中彼女が粗相をしたことで、2人の関係は急展開を迎えます。

おしっこを漏らしてしまった紀子を連れ旅館に向かった矢添は、そこで彼女と男女の関係を結んでしまうのです。

その場限りかと思われた関係でしたが、紀子は矢添に連絡をよこし、彼らの関係は継続していくことになります。

矢添に『お会いしたいの』と電話をする傍ら、紀子には年若い大学生のボーイフレンドもいるようで、彼らの関係には唯一無二の交際といった様相はありません。

曖昧なまま続けられる紀子との関係が続くある夜、2人は夜空を見上げていました。

月や星が瞬くロマンティックな空を見て星の美しさを口にする紀子に対し、『あんなものは天の穴だ』と言い切る矢添

彼には、眼前に広がる美しくロマン溢れるものを否定する、にもかかわらず次回作のタイトルを『星と月は天の穴』にしようと思いつくような、小説家としての虚構と自分自身が生きる現実という二面性がありました。

りと
りと
小説『星と月は天の穴』は、作中で小説家である矢添に同名タイトルの小説を執筆させています。

小説家と女子大生の恋愛を綴りながら、そこに作者である吉行淳之介さん自身のコンプレックスをも混ぜ込んだメタフィクション的な構造は、私小説的だという見方もあるようです。

矢添と紀子、2人の関係はやがて歪で倒錯的な世界に発展していきます。

SMプレイに片足を突っ込んだような性行為を希望する紀子は、自分を噛んでで欲しいと矢添に頼むのです。

それが、矢添最大のコンプレックスを刺激するとも知らずに…。

 

映画【星と月は天の穴】における入れ歯の意味とは?

やまこ
やまこ
いよいよキーワードの『入れ歯』の意味がわかるわね!

『入れ歯』が象徴している事って何なんだろう?

 

映画【星と月は天の穴】の時代背景と入れ歯の相関関係を見る

虫歯は、砂糖の摂取が原因です。

砂糖が日本に伝わったのは8世紀、仏教の保護が強く押し進められていた頃で、奈良の東大寺が建立されたのも同時代と言われています。

遣唐使による大陸との交流も盛んでしたので、あの高名な唐の僧・鑑真により日本にも砂糖がもたらされ、当時は貴重なものとして皇族や貴族など特権階級しか口に運ぶことは出来ませんでした。

しかし徐々に流通を広げた砂糖は、江戸時代に入ると奄美・琉球で黒糖生産が拡大したことにより、やがて庶民の口にも入るようになります。

やまこ
やまこ
令和の現代でも親しまれているお団子や大福など、美味しい和菓子も江戸時代になって発展したらしいね。

庶民の口にも入るようになった江戸時代には、既に歯医者という職業が誕生しています。そして驚いたことに、この頃から入れ歯を作る技師さんのような職業もありました。

りと
りと
砂糖が庶民の口にも入るようになった江戸時代には、既に歯科医や歯科技工士が誕生していた事からも分かるように、砂糖の普及は虫歯の増加と直結していますね。
やまこ
やまこ
今と違って麻酔もそう簡単に使えなかっただろうに、抜歯しなくちゃいけないくらいの虫歯ともなると相当痛そう!

歯ブラシの誕生は明治になってからと言われ、また同じころに歯科医も国家資格として認められた者のみが従事出来るようになっています。

嗜好品としての立ち位置を確立した砂糖が、明治維新以降その勢いをさらに増していったからです。

明治時代とは、長く続いた鎖国が解かれ欧米諸国に追いつけ追い越せの時代でもありますので、自由貿易を経て大規模な製糖施設の建設や広大な土地を誇る北海道での甜菜糖栽培が始まって事により、日本でも安定した砂糖の供給が出来るようになりました。

これにより、砂糖は日常品として日々の生活に定着し、日本人の食生活をも大きく変更させる事になったのです。

砂糖が普及すれば虫歯が増える、という図式を証明するも1つの事象が、戦時中にあります。

主食たる米すらも国の統制下に置かれ碌に食べられなかったあの時代、砂糖は江戸時代以上に貴重なものだったと言えるかもしれません。

厳格な配給制度により、ほぼ砂糖が手に入らなかった戦時中は、虫歯の罹患者が目に見えて低下したのです。

戦争が終わり、食糧難を乗り越えた事でやっと砂糖は誰もが気軽に摂取できるものとなっていました。

1950年代から70年代までは、お菓子だけでなくジュースなど甘い飲み物まで広く砂糖が使われているにもかかわらず、その反面口腔内衛生についてはあまり深く考えられてはいません。

それにより、間食といえば甘味が選択できるようになたったことで、爆発的に虫歯が増えています。

りと
りと
しかも、子供のみならず大人まで虫歯が多く、その数に歯科医師の数が追いつかなかったとされてますので、当時の虫歯率の高さがうかがえますね。

当時は歯科医師の数に対して虫歯患者が多すぎた事で、よりスピーディーな診療が求められた結果、『悪いものは抜いてしまえ!』といった処理型の診療体制が多く見られたようですね。

 

映画【星と月は天の穴】で入れ歯が意味し、象徴していることとは?

小説『星と月は天の穴』では、倒錯的な性衝動にのめり込んだ紀子から『噛んで欲しい』と言われた矢添が困惑します。

なぜなら彼が、まだ四十路という年齢にもかかわらず総入れ歯だったからです。

りと
りと
先にあげたように、砂糖と虫歯の関係は比例しながら年月を重ねてきました。

歴史的に見ても、矢添が生きる時代の抜歯は現代ほど慎重に判断されていなかったのではないかと推察されます。 

やまこ
やまこ
時代背景的には入れ歯も珍しくはないんだろうけど、大人の歯の数は32本(親知らず含む)だから、それが全部入れ歯!っていうのは、かなり衝撃的かもしれないね
りと
りと
そうですね。

矢添の時代はまだ歯磨き習慣が根付いてないため、1日に1回しか歯を磨かない人が6割強というデータも残っています。

矢添もまた、歯に関しては無頓着だったと言えるかもしれません。

老年でもないのに既に自前の歯が一本もない、というのは矢添にとって大きなコンプレックスでした。

入れ歯は、口腔内のケアを怠り、少々の治療ではいかんともしがたいほどの虫歯を作ってしまったが故の結果です。そこには、だらしなさや日々流されて生きているような矢添の人物像が意味されているようにも感じます。

矢添が総入れ歯であることを誰にも知られたくない秘密、として抱えているのはつまり、当時としても彼の年代での総入れ歯は滅多になく、だからこそ強烈なコンプレックスとなっているのでしょう。

そんな彼は、作中で『星と月は天の穴』という小説を書き、その中で中年男とうら若き女性の恋物語を描いているのです。これは、彼の妄想でありながら、紀子との逢瀬を重ねる自分の現実をリンクさせている、とも考えられるのではないでしょうか?

妻に逃げられ愛を信じる事が出来ないまま、それでも人恋しく娼婦の千枝子との関係をダラダラと続けてきた矢添にとって、溌剌としていて好奇心いっぱいの紀子は、眩しさに満ちた若さを体現していました。

そんな彼女の求めに応じるがまま関係を深め小説にまで昇華させたのに、物語終盤、矢添は紀子を乗せたドライブの途中事故にあったことで総入れ歯がバレてしまいます。

レントゲンに浮かび上がる彼の頭蓋骨、そこに写し出された真っ白く透け感のない歯を前に、矢添は気付いたのでしょう。

総入れ歯が象徴する自分の老化に。

りと
りと
矢添の総入れ歯に対する描写は、作者・吉行淳之介自身が50代で、その父はなんと30代で総入れ歯だったという事からも、かなり強烈に表現されています。
やまこ
やまこ
吉行さんが自分の事を矢添に転嫁して、矢添は小説『星と月は天の穴』に自分の理想の恋愛を転嫁した…なんとも複雑で、それがために深く読み込みたくなる作品だね!

 

まとめ

今回は、小説家・吉行淳之介さんの名作『星と月は天の穴』について、入れ歯の意味とそれが象徴する事について調べてみました。

映画【星と月は天の穴】が、2025年12月8日にR18指定付きで映画公開されます。

凄惨、かつ残虐な破壊描写などが描かれるホラーやグロテスク作品ならいざ知らず、中年男のコンプレックスと情愛を描いている【星と月は天の穴】に成人指定が付くとなれば、いわゆるピンク映画を想像してしまう方もいるかもしれませんが、これはそういった作品とは少し違うかもしれません。

愛に諦念を抱きながらも、人恋しく欲の切れない四十路男の哀しみ、滑稽さを描く【星と月は天の穴】は、主人公・矢添の強烈なコンプレックス『入れ歯』をラストにて衝撃的に曝け出させますが、この展開の全てに人間臭さや本能が詰め込まれているような作品なのです。

矢添がひた隠しにしている『入れ歯』には、彼のだらしなさや流されやすさなどが意味されているように感じます。

紀子という女子大生を恋人として大切にするでもなく、ただその若さや無邪気で倒錯した衝動に付き合っているだけの自分に、何らかの価値を見出しかけていた矢添にとって、レントゲンが曝け出したのは、『老い』の象徴でもある『入れ歯』でした。それは、彼が書く中年男と女子大生の恋物語にはない現実(リアル)でもあります。

矢添を演じられた綾野剛さんは、映画【星と月は天の穴】について

男性
男性
言葉の心地を味わって欲しい

とコメントを寄せられています。

小説『星と月は天の穴』を読まれた方の多くも

『日本語の美しさと強さを感じる作品。空を見上げて、星と月は天の穴なんだよ、なんて発想自体が面白いし、それを言葉にしただけで矢添の欠けている部分が抒情的に示されているように思った。』

と感想を述べておられ、映画化に関しては

『まず時代構成的にもモノクロ映画にしてくれたことがとても嬉しい。矢添の表現し辛い人間性を、綾野剛さんなら不安定に揺れる色気で体現してくれるだろうと期待している。』

との声が寄せられていました。

映画【星と月は天の穴】はR18指定映画とはなっていますが、指定がついていなくても大人向けの作品だと思います。

年齢が成人に達しているだけではない、精神的な成熟を擁する作品というイメージですので、ゆったりとした空間で、大きなスクリーンから言葉を浴びるようにしてご覧になってみませんか?

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